洋服屋の頃

Irinaka Story

Vol.2 "CottonWool"

ブランド名

品質表示の問題が解決できそうになると、次に思うことは、そう、「売っちまえ!」ってことだ。

それなりに業界も長くなっていたので、"何をどこでどれくらい発注かけるべきか"などというノウハウは分かっていたので、早速、品質表示を作ることに。。。ってことは、もうこの時点で商売を狙ってたわけね。

まずはいわゆる商号を考える。「K's ファクトリー」とか「2丁目デザイン」とかいろいろ考えたがどれもショボい。覚えやすくて、温かく柔らかな印象で、洋服屋と分かりやすいネームをずっと考えていた。
そんなある日、たまたま天白区にある「Cottony」っていう、かなりお気に入りのオープン・カフェでうんうんと考えていたとき、「あぁ そういえば"Cotton"って洋服屋的でやわらかいカンジだな~…いただき!」とひらめいたのだ。
早速「Cotton」を使った言葉を中学時代から使っている英和辞典で調べることに。するとパラパラ漫画だらけの辞書から、ピッタリ・ナイスな言葉を発見したのだ。で、そこにはこう書いてあった
「Live in CottonWool :贅沢に暮らす」。コレだ!

後に英語が堪能な方より「脱脂綿」というお言葉も頂戴したが、まぁ放っといて、この時点でいわゆる商号を「COTTON WOOL」に命名したのだ。

最初に作った品質表示(当時は脇ネームと呼んでいた)に表記した住所、電話番号は"オレんち"(笑)。
商号はもちろん「COTTON WOOL」と記されていて、出来上がった脇ネームを眺めながら、コレだけでも売れるんじゃないかと思うくらいワクワクしたのを覚えている。(んなわけない)

初めて商品にしたTシャツは、ベロワ鹿の子という生地のTシャツだった。ポロシャツによく使う"鹿の子"という網目の素材をさらに起毛して別珍調な風合いに仕上げた、メーター1400円もするの高価な生地で、継ぎはぎだらけの自家製型紙をもとに、これまでになく丁寧に縫い上げた。

最初に置いてもらったお店は千種区の「LOVE AND PEACE」という知り合いのアメカジ系ショップ。10枚くらい置いてもらったのかな。(10枚作るのに何日かかったことやら)

自分が着たくて作ったようなもんだし、正直、それが売れるとは思っていなかった。。

納品1週間後、お店のヒロ(LOVE AND PEACEの当時のスタッフ)から電話があった。
「あのTシャツまだあるんスか?」。
他に置いてくれる店でも出たのかと思って聞いてみると、
「じつはもう売り切れで、お客さんがもう一枚欲しいって言ってるんスよ!」。

とりあえず、耳を疑う。


「え?!もう一回言って」
「だから 買ってくれたお客さんが、できるまで待つからもう一枚どうしても欲しいって…」
顔がニヤつく!
「もう一回!」
「くどいッスわ!」
「たのむ!」
「知らん!」

信じられん話だが、オレのハンドメイドTシャツが売れたのだ!そしてそしてさらにさらに、その後の追加分もきれいさっぱり見事に完売した。
しみじみと拳を握り締め、"巨人の星"のごとく、ムラムラと、いやメラメラと希望が湧いてきた。

こうしてインディーズ・ブランドとしての「COTTON WOOL」が産声をあげたのだ。

【独立】

その頃は仕事が閑散期で時間もあったが、そのうち繁忙期となり、まったくミシンが踏めないようになった。
毎晩遅い。もうヘトヘト。。。。
当時の友人はご存知と思うがマジで疲れすぎて人間暗かった。

そんなヘナヘナの姿を見たウチの父ちゃんが誤ってこんなことを口走った。
「今の仕事量くらい自分で商売をやったら、今くらいの給料分は稼げるだろ」
ピーンと来たね!オレは。
その言葉に、またしみじみ拳を握り締め、今度は"あしたのジョー"のごとく、勇気がギンギンと湧いてきたのだ。
心の中で丹下のおっちゃんが叫んだ「立て~、立つんだ~」……。

もやもやとしていた事業計画を具現化する。資金繰り、出展規模、売上ベース、商品構成、店舗イメージ等等。
冒頭に記述した「僕らは夢で飯を食う」という本を100回くらい読み直し、お店を出すまでのプロセスを何度もシミュレーションしたのだった。また、その頃狙ったかのように「ロックンロール・ミシン」という小説(正にそういう内容)が発売されてボクの独立心をさらに掻き立て、完全に正気を失った。

いよいよ独立を決意、お店を出す前に会社を設立し会社の名義で店舗の賃貸契約や各業者との取引を結ぶべきと考え、勤め先を退職し、少々無茶と思いつつ勢いで起業。とうとうやった、やっちまった・・・

青雲の志、森敬祐29歳の冬だった。

つづく



 
 

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洋服屋の頃

名古屋は昭和区に開店した小さなお店が、コットンウールのスタートです。
今ではすっかりWEB屋として認知され、弊社がアパレルだったことを知らない方も多くなりました。
まぁ、「一つの失敗が終わりではない」ってのを体感できたいい機会だったので、ここに残します。

インデックス

当時紹介された雑誌

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